人に伝える・教えるタイミングはいつが最適?-まだ早い!は既に遅いかもしれない-

人様にモノゴトを教える となると、

いいよ〜 とさっと始められる人と、

いやいや、わたしになんて、まだまだ。という人の二種類に分かれると思います。

教えることになれている指導者・リーダー気質をもっている方や、母性父性が自分の中でしっかりと確立されている方は自然に移行できることですが、
逆に、正しい自己肯定ができていないと、なかなか踏み込めなかったりする領域でもあります。

わたしなんてまだまだ、、という逃げ道を選ぶこと

今はまだ勉強中だから…という選択肢があります。本人いわく「今は勉強中で教えるに十分な能力まで達していない」というものです。私もよく使っていました。だって、まだまだ全然だめ。っというやつ。


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自分はもっとイケる!という希望や想い、欲求はありますが、新たな気づきが日々あり、真摯に勉強を続けることは、もちろん構いません。
勉強してきたことをドンドン人に伝えていきたい、という人と、ちゃん理解してから伝えていきたいという人。それぞれ居ると思いますが、気をつけるべきポイントは

私は未だ【それをやるにはふさわしくない】という考え方が根本にある場合です。

始めたばかりで、上手にできていない。(あたりまえやん)

まだ全然理解できていないし、人に教えるレベルではない。

あんなに知っているあの人でさえ、やっていないのに、私なんかできるわけがない。

必要以上の無価値感が潜んでいると、そのように感じる場合が多いようです。

完璧を求めすぎていないか?

私自身、幼少の頃はとても恥ずかしがりで完璧主義なところがありました。なので、恥ずかしいことになりそうなことは避けるのです。
ちゃんとシミュレーションや練習をしてできるようになってから人前で披露することがあたりまえでした。
自分の中でGOサインがでるまでに準備をするため、アウトプットまでに時間がかかるのです。

ちゃんと暗譜して上手に弾けるようになってから『猫ふんじゃった』を幼稚園のオルガンで休み時間に演奏してみる。といった例です。

私は人生の中で総じてそのようなカタチで、キチンと整えてからアウトプットをすることを心がけてきました。

しかし、あるとき気づきがありました。

恥ずかしい位できないうちに、人前でやってみたことは身になる速度が速い?

私の場合、ドラム演奏がそうでした。中村達也さんが好きになりすぎて中村モデルのドラムスティックを買った日に、『じゃあスタジオ入ってみる?』と友達に言われて『お、おう』と勢いで入っちゃいました。

もちろん、めちゃくそでダメダメですw

でもすっごく面白かったのです。その後、演奏・練習を続けてドンドン上達しました(と少なくとも本人は思っている)

恥ずかしさを超えて、やってみる=晒してみると、得るものが、ものすごく沢山あったのです。しかもスピーディに学ぶことができたようです。

これは、、人生でやったことがなかったプロセスなのでそうなのかも?!と気づいた時、とてもびっくりしました。『やってみた』っていうシリーズがユーチューブにも沢山ありますが、アレです。

そして、結構ぜんぜん平気じゃん。って思いました。

平気ではない と感じていたのは自分だったわけで、スタジオに入ろうといってくれた友達=他人はOKだったことに気づきました。

ダメ出しをしていたのは、自分だったのです。

ちょっとまだ無理かもしれない けど、それを待っている人がいるからやることになっている

それは、教えること・伝えることにも言える訳です。

今日の自分の気づきを昨日の自分に先に伝えていたら、昨日の自分ちゃんは『あら、ありがとう!先にいい情報を教えてくれて』となるでしょう。(なんで先に答えいっちゃうの!?って怒るかもしれませんがw)

わたし伝えたい!ってなったときは、教えていい時なのだと感じています。教えてもらう側は

1.ものすごいその筋の超一流から教えてほしい人

2.今のあなたに教えてほしい人

この1.2は、必ずどちらも存在しているのです。

2.を選びたいっていう人が存在しているのに『先生・お手本・メンター』の選択肢が『ない?!…』のって、、宇宙規模でとってももったいないことです。(笑)←とかつけてるけど、マジで。
そして、3.4.5…と限りなく選択肢があります。

めちゃくちゃ世界=宇宙は豊かです。

『わたしはひとりで学んで最高峰を目指してほくそ笑んでいたい、むっふっふ。』ならばそれでもいいのですが、実は…人に教えること・伝えることほど自分の勉強となることはありません。攻撃は最大の防御みたいなやつです。

『まじか?!』『そっか!』って思ったら、今すぐに教えること・伝えること を初めてみてくださいね。

小さな一歩が大きな飛躍を生みますよん♪


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過去をネタとして笑えること

ヒプノセラピーで、事象の掘り下げをしてもらっていたとき。

ふと思い出した、とても古い出来事でずっと忘れていたようなことなのに、涙がでてきて。
この事にとても傷ついていたのだとわかった瞬間でした。

 

私の場合、人生の中で、あるパターンがあって、
それをヒプノの門脇のりこ先生に指摘されました。それは

『突然、ダメ出しを受ける経験が多い』

こと。…たしかに。

すごい悲しかったりしました(泣)ぶっちゃけムカついたりもしてた。
自分からすると理由がないように感じていた時もあったので。(現在は『全て自分で作っている』とわかってきているので、粛々と受けとめていました)
しかし、妙に慣れてきていたこのパターン・悪循環の流れ。
仕方ないことだと思っていた節はあります。

改めて門脇先生に他にもそういうことがあったのではないんですか?と問われて、思い出して涙がでてきたエピソードは、学生後、正社員として働きはじめた頃の会社での出来事でした。

レモネード愛に負けた

おもな従業員が社長と私だけ。といった感じの徒弟制度のような小さな事務所で勤務していた頃でした。
彼が外回りをして夕方に帰ってきて、風邪気味だった時だろうか、寒い季節だったので好きだと言っていたレモネードを作ってみた。
レモンを絞って、、はちみつも会社の冷蔵庫にあったのか。。

席に座っている社長にだしたところ、

プルプルと手を前で振りながら彼は
『このレモネードは飲めません!絞り方が、絞り方が、手で絞ると唇にピリピリして駄目なの!すててください!』と叫んだ。

『…はい』
しばし唖然としつつも、、仕方ないので流しに捨てたレモネード。定時になったしさようなら〜と帰った私でした。

社長は、レモン絞り器で絞ったレモン汁でないと嫌だったのである。(笑)デザイン職の男性に多い神経質なタイプでわがままさんでした。

…もう、こう書いてて笑っちゃうんですが、
いったい何にそんなに涙をながすほど悲しい思い出となっていたのかがわかりませんww

でも、エピソードを思い出したときは、たしかにウルウルとして。。ティッシュ、ティッシュとなりました。
門脇先生が『レモネード愛』って呟いていた時に、笑っちゃったんだよねw

新宿のホストクラブの源氏名か?w

思いだして『うっっ』と涙と共に感情が押し寄せて来て。
でも、その些細な『うっっ』と来たこと=感情・思考をしっかり汲み取って掴んで『よしよし』と自分で自分をなだめてあげる。

そして、笑ってその感情たちを手放せた時、その過去のパターンとはお別れです。つまり、カルマの解消終了〜〜。修了でもありますね。その課題=カルマ(経験)は学び終えたということ。

…しっかりなだめて手放さないと、わたしのように何度もその感情を味わうため、同じ体験をすることになりますw

笑えることは、強さである。

笑っちゃえること、笑いに変えるチカラ。
ネガティブを腹からだして、さらして、笑える。
最近これって最強だな!って思う。

自分ひとりにしか見えない世界でも、恥ずかしいような隠していたこと。
ましてや人に曝け出すなんて、恥ずかしすぎる。

これを敢えてやっちゃうんです。


シッカリとブロック=悲しみや怒りなどネガティブな感情や意識を掴まえて、認識し外す。
『統合』や『浄化』と言ったりもしますが、これを意識してシッカリ手放していくと、そんなことがあったことさえ根本的に忘れていってしまいます。

おもしろい♪

私は、その『レモネード愛』の根本にあった小学校の記憶を解消して、その日のヒプノセラピーセッションは終了したのでした。

門脇先生、ありがとうございます☆

門脇のりこ先生 の プレラボ


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腑に落ちる -ふにおちる-

腑に落ちる とは「自分が既に『知っている』から『わかる』」こと

『腑に落ちる』という感覚は体験したことがありますか?

¹腑に落ちる…『腑に落ちない』という慣用句からの派生語で明治時代から使用されたとのこと。 腑=内臓 には考えや心が宿るところと考えられ、『心』や『心の底』という意味があるため、人の意見などが心に入ってこない(納得できない)という意味で『腑に落ちない』となった。 その肯定文として心の底から納得できること=腑に落ちると使われている。

¹ 語源由来辞典、広辞苑を参照いたしました

人から話を聞いて。

本を読んで。

インタネットから情報を入手して。

いろいろな場面が想定されます。自分の深いところで同意ができ、理解がともなったとき。『わかる、わかる!』となったとき、『ウンウンウンウン!』となったとき。アタマではなく腹の底からわかるって感じ。

そうなると、自分の中でもう『知っている』ことである為、無理なく理解ができ行動が伴っていくのです。『それ、しってる、しってる、しってる☆』な訳です。

『知っていること』の答え合わせが自分の中でできたときに『腑に落ちた』状態となります。

叡智(えいち)に 繋がっていく

魂は、何度も何度も転生を繰り返しています。前生(ぜんせい、ぜんせ)はあります。そして未来の生、来世(らいせ)もあります。

繰り返して人生を送る中で、いろいろな事を学んでいきます。そしてその一生を終えた時に、全ての学びを忘れる訳ではなく、自分の奥底の部分に持ったまま、また次の学びへと旅だつ。これが生まれ変わっていく人間の法則ですが、生まれる時にほぼ全部忘れて生まれてきます。忘却のベールを通って生を受けます。

忘れてしまっている、既に知っている魂の学びを思い出す事。

それが腑に落ちるということです。

いくつもの魂の学びの中で学んでいった大切なことを叡智といいます。人生の中で叡智を磨き高めていくこともできますが、元々自分の中に持っているものを思い出していく様な作業になります。

自分が既に知っている『叡智』の部分に繋がったとき、腑に落ちます。

叡智ってなんだろうとよく理解ができなくても、自分がわかったと思った感覚を信じることも重要です。

※画像は知人から教えてもらった森戸崎@串本・和歌山のサイト http://koubouyu.boo.jp/moritozaki.htm


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